本文へスキップ

荒川区 荒川 町屋にある教会。東京カルバリ教会です。

電話でのお問い合わせはTEL.03-3894-7565

〒116-0002 東京都荒川区荒川5-47-4

礼拝Worship






  •   

礼拝説教 message

五月二〇日 東京カルバリ教会説教 笠間良牧師
 「聖霊の降り」 使徒言行録二章一節〜一一節

 本日は聖霊降臨日。ペンテコステの日を迎えました。先週も言いましたが、ペンテコステとは当時のギリシア語で五〇を意味する言葉で、イエス様の復活をお祝いしたイースターから数えて丁度五〇日目に当たる日となります。この日に何が起こったのかが描かれるのが本日の聖書箇所です。皆さんの前にある典礼布も、今日は赤となっていますね。
 先週、イエス様が天に戻られたことを学びました。復活して四〇日にわたり弟子達と過ごされたイエス様ですが、弟子達の見ている前で天に上がり、それきり姿が見えなくなってしまいます。弟子達とイエス様の二回目の、そして最後のお別れとなります。しかしこのお別れが決して寂しいものではなかった事を先週学びました。
 それは、このお別れには希望があったからです。イエス様が弟子達と別れる前に、言った言葉があります。一章八節ですが、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」という言葉です。私はあなた方の前から姿を消すが、私の代わりとして聖霊を与えようというものでした。
 その聖霊なるものが一体何であるのか弟子達は分かりませんが、イエス様がくださるものならば、それを待ちましょうという気持ちになっていたかと思います。
 ただ、イエス様がおっしゃったことはそれだけなので、弟子達としては、自分たちはどうすれば良いのか分かりません。恐らくは程なく途方に暮れることになったかと思います。
 これまでイエス様が言ったとおりに従っていれば良かったのですから、気持ち的にはとても楽です。どんなに忙しくても、やることが目の前にある限り、頑張ることが出来るのと同じ心境です。
 しかしこの時に弟子達に与えられたのは空白の時間でした。最初の内こそイエス様が天に昇られるという奇跡を見て、それで心がいっぱいになっていた弟子達でしたが、日が過ぎていくに連れ、徐々に不安が覆い始めます。イエス様がいなくなってしまった今、私たちは一体どうすれば良いのだろうか?そう思いながら過ごしています。何もすることがないという不安はかなり重いものです。わたし自身の経験から言えば、牧師になる前に会社を辞めてフリーター生活をしてた時期がありましたが、アルバイトの空白期間というのがあるととても不安になった経験を持ちます。だからこの時の弟子達が何をしたら良いのか分からない不安感というのは、とてもリアルに感じられます。
 そうこうしてるうちに一〇日が過ぎました。一節に「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると」と書かれています。丁度イエス様の復活から数えて、五〇日目の朝、彼らは一軒の家に集まってお祈りをしていました。
 すると、二節以降に書かれています。「そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」とあります。
 イエス様が前に弟子達に言っていた聖霊が突然降ってきたのです。その描写は、「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」と書かれています。
 本日講壇前の典礼布は赤いものになっていますが、この赤は「炎のような舌」を表す色で、燃える火を示す赤色。それが聖霊を表す色になっています。
 これによって弟子達に何が起こったのかは、「“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」という言葉で表されています。
 彼らが与えられたものとは、言葉でした。純粋に語るための言葉です。
 そしてその言葉こそが、彼らにとっての使命でした。
 イエス様が去ってしまった後、弟子達はこれから自分たちが何をすべきなのか全く分からないまま過ごす時間がありました。その間に大変焦りや苛立ちもあったかと思います。
 その中で彼らはイエス様の約束してくださった聖霊のくだりを待ち続けました。そして待ちに待った聖霊がこの日、彼らに与えられたのです。
 彼らが受けた指令、それは「言葉をつなぐ」と言う事です。
 彼らは霊が降ることによって、各国の言葉を使えるようになったのですが、それはその言葉を使い、世界中の国々を回り、神様のことを伝えなさいという指令でありました。
 これまで弟子達はイエス様の言う事を聞き、その言葉を実践することに命を賭けていました。イエス様のおっしゃることは至上命令であり、これを遂行することこそが弟子である自分たちがなすべき使命である。それが彼らの思いであったとも言えます。それは弟子達の態度としては正しいのかも知れませんが、その姿勢は、言われた事をただやってるだけだとも言えます。
 しばしの空白期間の後、彼らにはなすべき使命が与えられました。しかもそれはこれまでのような具体的な命令ではありません。
 ここで弟子達が与えられたこと、それは「“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」ということです。この時与えられた聖霊は、彼らの上に留まったとあります。それは即ち、彼らの心が聖霊と結びついたということ。これから彼らは心に結びついた霊と共に生きていく事が出来るようになりました。そして心の中の霊が語らせるまま、彼らはイエス様の事を伝えられるようになったと言う事です。これまでイエス様に従い、イエス様の言うことをやっていさえすれば良いと考えていた弟子達が、これからは自分の思いで、イエス様の代わりに神の国のことを語る力を得たと言う事になります。
 これからは、ただ命令されたからやってるのではなく、内なる声に従って、自分の喜びとして、神様を伝える使命を得た瞬間。それが聖霊の力です。聖霊を受けると言う事は、神様が常にそばにいてくださる事を知ることであり、その神様の素晴らしさを語る力を持つと言うことです。
 聖霊を受けることによって初めて彼らは使命を受ける事が出来ました。イエス様がいなくなって、これからどうしたらよいかと思い悩む弟子達が、神の国を伝えると言う使命を受けたと言う事、つまり生きる意味を得たと言う事です。
 その聖霊、弟子達の伝道によって、全ての人たちに伝えられています。そして神様を受け入れた者には、生きる力が与えられています。
 心の中に神様の力である聖霊が宿っていることを感じ、神様を喜ばせるような生き方を自分で選び取って行うことが大切です。聖霊は常に与えられていますが、それが一番強く感じるのがやはり礼拝の中となるでしょう。皆さんの上に、神様の力が降り注いでいます。それを受け、自分の喜びとして、神様に喜んでいただけるような道を見つけていくことが私たちの使命です。その歩みは、私たちのこれからの人生を輝かせてくれるはずですから。
 聖霊と共に歩みましょう。
東京カルバリ教会では新共同訳聖書を用いています。
聖書箇所などはお持ちの聖書か、聖書協会のホームページをご参照ください。

TOKYO CALVARY CHURCH東京カルバリ教会

〒116-0002
東京都荒川区荒川5-47-4
TEL/FAX  03-3894-7565
info17@karubari-church.org
facebookページ